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はるりつSS書きました

2012年05月14日 23:30

お久し振りです。小六です。
前略、はるりつSS書きました。
こういうの好きなんです。やまなしおちなしいみなしの、日記みたいな時間。

というわけで、以下SSとなります。



「律子さん、律子さん」

 事務所に帰る途中、後部座席の方から声が聞こえた。
 なぁに、と曖昧に返事をしながら、私はハンドルを切る。
 一定の速度を保ったまま、流れていく車窓。
 バックミラーを一瞥すると、春香がぼんやりと窓の外を眺めていた。

「夢の終わりって、何があるんでしょうね」

 ぽつりと春香は呟いた。その口調に、少しばかりのいぶかしさを感じた。
 春香はアイドルであり、その春香からそんな言葉を聞くということ。
 それは純粋な空想の話ではなくて、もっと現実味のある喩えであるということは、
 彼女の担当プロデューサーでなくても、容易に察することができた。

「さぁ、私から答えられるものじゃないわ」

 ノーコメント。ぶっきらぼうに模範回答を手渡すと、「そうですよね」と苦笑いする春香が映って見えた。
 かち、かちと時計の針を刻むようにウィンカーが鳴っていた。私は車をゆっくりと右折させる。
 目の前でいくつも通過していく車は、どれもせわしなさそうで、車線を渡るタイミングを見落としてしまいそうだった。

「窓って、不思議な感じがしますよね」

 私からの答えは得られないと感じたのだろう。春香はゆるい口調で独りごちる。

 シンデレラって、あるじゃないですか。
 魔法使いのおばあさんに、魔法をかけてもらう話。
 きれいなドレスを着て、かぼちゃの馬車に乗って、王子様とダンスをして。
 魔法が解けるまで素敵な夢を見て。
 結局魔法は解けちゃいますけど、それでもちゃんとハッピーエンドで。ハッピーエンドで。
 そのあと、シンデレラは夢を見るのかなって。

「そんなことを、学校の窓とか眺めていたら、考えたりしませんか?」
「えぇ、考えるわね」 私はハンドルを回した。「主に事務所のやりくりとか」
「律子さんらしいですね」
「上手くできる方法を思いついたときは、授業中でも立ち上がりたくなるもの」

 私の言葉に、春香は小さく吹き出した。
 暗くなってしまった道の舗道には、学校帰りの高校生が、だらしない格好で友人と話しているのが見えた。
 シャッターを下ろした店の横を、壮年の女性がのんびりと歩きながら通り過ぎていく。
 そんな何の変哲もない風景を、春香はとても愛おしそうに眺めていた。
 春香が映るバックミラーに、対向車のランプが反射する。
 そこに映った彼女の顔は、無声映画かストロボ映像のように、静止と変化を繰り返している。

 私はホルダーから缶コーヒーを取り、ぬるくなった中身に口をつける。
 こういう時間は苦手だ。そういう年だからかもしれないけれど、締め付けるような優しさに甘えてしまいそうになるのだ。
 一口飲んだコーヒーは、赤い西日にあてられて、冷たさを失っていた。

「私、アイドルですよね」
「そうね、アイドルね」
「私、高校2年生ですよね」
「そうね、高校2年生ね」

 まるでお話にならないやりとりをした後、「やっぱりそうですよね」と安心した様子で春香は鞄から手帳を取り出した。
 事務所のみんなの送り迎えをするようになってしばらくするが、夕暮れすぎのドライブはたまにこんな会話になる。
 湿っぽい、だけどざりざりと後味のよくない会話。
 それは湿った砂粒のようなものでもあるし、味のなくなってしまったガムのようなもののようにも思われる。
 ふわふわと色づいた空気が、徐々に冷たくなってゆく時間だ。
 できることとできなくなってしまうことの境界が、うっすらと見えてくる時間だ。

 不安定なのだ。彼女達は。まだそんな年なのだ。
 窓に映る半透明の自分が、どこか遠くに感じてしまうのかもしれない。
 だけど、半透明の自分の姿を見て何を思うのか。それは私には分からない。
 春香はなおも窓ガラスの中を見つめたままである。

「律子さんは、昔に戻りたいって思うこと、ないですか?」

 ほこりのついたフロントガラスに街灯の光が反射し、わずかに白くくもる。
 一瞬前が見えなくなる。しかしそれは一瞬のことで、私はわずかに目を細め、そのまま駆け抜ける。

「アイドルに戻りたいかってこと?」
「それもありますけど」 春香は続ける。「それよりももっと昔でも」

 そう言って春香は言葉を止めた。どう答えるかを考えあぐねていると、車の中は奇妙な静けさに覆われた。
 車のエンジン音が座席の下から響き、ラジオからはありきたりな笑い声が聞こえる。
 車のすれ違う音がストップウォッチのタイマーのように、沈黙にさざ波を立てる。
 私はもう一度缶コーヒーに口をつけた。相変わらず、ぬるくて甘い味がした。

「戻らないと思うわ」

 もし戻ったら、一体誰がアンタ達の面倒を見るのよ。

「そんなこと言わないで下さいよ」 ははは、と春香の笑い声。そして沈黙。
「……そうですよね。うん、そうですよね」

 春香の顔は、光の影に隠れて見えなくなっていた。




 <了>



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