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千早さんSS書いてました

2012年05月21日 21:42

お久し振りです。小六です。
拙作ですが、以前動画用に書いていたお話のボツの供養。
千早さんのSSとなります。懐かしいなぁ。

以下、SSとなります。


 少女は、少し困惑していた。
 病院の診察待ちでソファに座っていたら、
 見知らぬ老人に声をかけられたからだ。

「お久し振りですね、お嬢ちゃん」

 ありきたりな口説き文句なのだろうか。
 老人はしわくちゃの顔をほころばせ、少女の隣に座った。
 少女が返す言葉に戸惑っていると、老人は「これは失礼」と照れ臭そうに笑った。

「老人ホームで一度、お会いしたことがありまして」

 ああ、と少女は頷く。うすぼんやりとした記憶が、少女の脳裏に浮かんだ。
 アイドルを始めた頃、仕事で慰問をしたことがある。
 隣の老人は、その時に会った楽器職人なのだろう。
 老人の方を見ると、老人は嬉しそうな口調で話しだした。

「新曲、聞かせて頂きました」
「やはり、あなたに勝る楽器は世界中のどこにもない」

 フェルトの帽子を膝に置き、うっとりと老人は目を細めた。
 半ば口説き文句のような褒め言葉に、千早は顔を赤らめる。
 老人の講釈は止まることがなく、ついには楽器についての自論じみたものを語りだしていた。
 やれガルバリは意気高な娘が多いだとか、幼いストラディバリは扱いが難しいだとか、云々。
 先回りした言葉がぐるりと思考に追いついた頃、ばつが悪いといった様子で老人は頭を掻いた。
 
「老人の悪い癖だ。夢の代わりに昔を語りだす」
「興味深い話でしたよ?」
「そう言ってもらえると助かりますな」

 瞳を輝かせて語る老人がおかしくて、少女は肩を揺らした。
 その拍子にいがらが喉にひっかかり、少女は軽く咳き込んだ。
 老人は心配そうに少女の顔色を伺った。

「喉の具合が悪いのかい?」 

 老人は尋ねた。少女は言葉を濁す。
 実は昔から喉を痛めておりまして。
 そんなことは言えるはずもない。千早は曖昧な苦笑いを返した。
 老人も何やら察したようで、一つ咳払いをした。

 気まずい沈黙がリノリウムを滑る。
 診察室から患者とおぼしき女性が現れ、扉向こうの医者に頭を下げた。
 しばらく後に次の患者の名前が呼ばれ、壮年の男が部屋に入っていった。

「もしもの話をしてもよろしいでしょうか」

 診察室の扉が閉まる頃、少女は老人に話しかけた。
 老人は杖の持ち手を替え、「どうぞ」と空いた手で促した。
 
「もし、弦が切れそうなバイオリンがあれば、どうしますか」

 老人はふむと口元に指を添えて答えた。

「新しいものに張り直すでしょうね」

 老人の答えに、少女は問いを重ねる。

「もし、もしも、弦が世界に一つしかないものだったとしたら」

 その様子には必死の色が滲んでいた。老人は眉根を寄せる。
 靴音はこつこつと思索に句点を穿ち、老人の眉間を険しくさせる。
 たらればの塵が十分に積もった頃、老人はゆっくりと口を開いた。

「それならば、別の弦を張り直せばよろしい」

 それが楽器の願いでしょうから。
 老人の言葉に、少女は「そうですね」と寂しげに笑った。
 老人は天井を仰いでから、大きく息を吐いた。

 しばらくすると、老人の名前が呼ばれ、老人は席を立った。
 少女に談笑の礼を言い、老人は足を診察室へ向けた。 
 おぼつかない足を数歩動かした後、老人は後ろを振り返った。

「そうだ、お嬢ちゃん」
「どうかされましたか?」
「もし、もしもだ」

 老人は少年のように声を赤らめて言葉を続けた。

「弦を張り替えたのなら、往生際に聞かせておくれ」
「…返答に困りますね」

 千早が苦い顔を浮かべると、老人は呵々と笑った。

「なに、カンオケに音をぶち込んでくれたらいい」

 そう言って、老人は診察室の奥へと向かっていった。
 その様子を少女がぼんやり見ていると、青年が缶ジュースを片手に少女の方へ歩いてきた。

「千早、あのおじいさんとは知り合いなのか?」
「はい」千早は青年から受け取った缶の蓋を開ける。「昔一度、お会いしたことが」
「そうか」
「あの、プロデューサー」
「なんだ?」


「今度仕事が落ち着いたら、一緒に楽器屋に行きませんか?」






 <了>



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