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ひびたかSS書きました

2012年09月06日 06:44

お久し振りです。小六です。
ひびたかSS書きました。素敵な妄想を下さりました、そらさんに感謝です。

以下、SSとなります。



 慣れない電車を乗り継いで、二人でバスに乗り込んで、海に到着した頃には太陽がすっかり南中していた。
 じめじめとした更衣室を抜けて外に駆け出すと、快晴の空の下、一面に海が広がっていた。
 はるか彼方の水平線の向こうまで広がる海は快哉そのもので、思わず心のままに叫んでしまう。

「海だー!!」

 ざざんと響く波音、むせかえる潮の香り。肌を刺すような照り返し。
 砂浜に続く階段は、裸足で歩くことができないくらいに熱くなっていた。
 垢抜けた都会の空はどこか白々しいけれど、身体に伝わる全ての感覚が、夏の真ん中に帰ってきたのだと教えてくれた。
 故郷から遠く離れたこの場所で、この感覚を味わえるだなんて思ってもいなかった。
 だから、それがとても嬉しくて、自分は後ろを振り向いてはしゃぎまわった。

「貴音!海だぞ海!」
「ええ、海ですね」

 自分のはしゃぎっぷりが可笑しいのだろう、貴音は笑いながら相槌を打つ。

 二週間ほど前のことだったと思う。この間の旅行について、事務所のみんなと話しているときのことだった。
 内容なんてないような、そんな会話だった。みんなと海に行けて楽しかったね、みたいな。そんな話。

 『うがー!そんな話をしてたら、海が恋しくなってきちゃったぞー!』
 『響は海が好きなのですね』
 『自分、暑いのニガテだけど、それでも海は好きだぞ』
 『そうですか』
 『貴音は海がキライ?』
 『嫌い、というわけではありませんが。……響、なんですかその顔は』
 『んー?別になんでもないぞ。…そうだ貴音!確かもうすぐオフがあるよね!』
 『ええ。それが何か?』
 『もっかい行こう!海!』

 ただ単に海が恋しかったから、というのもある。せっかくの夏休みだったから、最後のあがきにもう一遊びしたかったし。
 だけど、自分が大好きなものを、貴音にもっと好きになってほしいっていうのが、正直なところ本音だったかもしれない。
 隣で話を聞いていたプロデューサーが、『クラゲに刺されちまえ』と悪態をつきながら自分達に休暇届を突き付けた。
 
 そんなわけで、絶好の海水浴日和である。
 



    夏に心は擦り剥けて





 東京に来てからというもの、仕事三昧でろくに泳げていなかったけれど、泳ぎ方はすぐに思い出すことができた。
 からからに乾いた感覚が水を吸って、もとの形を取り戻していくみたいな感じ。
 寄せては返す波、心地よい水の冷たさ、鼻の奥につっかかる潮の匂い。それが嬉しくて、心のままに水をかきわけた。

 顔に当たる波の飛沫は、茶色い海藻の匂いがした。
 自分が遊んでいた海は、空を溶かしたような匂いだったなぁ。と空を見上げる。
 太陽は空の真ん中にふてぶてしく居座っていて、殴りつけるような眩しさに目を細めた。
 視線を砂浜の方にやると、貴音がゆっくりこちらに向かってきている。
 
「たかねー!早くおいでよ!気持ちいいぞー!」 

 自分の言葉に、「まるで子供ですね」と貴音は苦笑し、すいと波をかきわけた。
 ホント、子供みたいだ。額に流れる滴は、とっくの昔に波の飛沫だか自分の汗だか分からなくなってしまった。
 どうせ子供みたいなんだから、と悪戯心が頭をよぎる。浮かれたまま、大きく息を吸って海中に潜りこんだ。

「響、先々に往かないで下さいませ」

 海中で息を吐く泡の音に夢中になってしまって、貴音のたしなめなんてちっとも耳に入らなかった。
 水中でゆらぐ光は、外で見たときよりもずっと静かで優しかった。狙いを定め、勢いそのまま貴音の面前に浮上する。
 幼い悪戯に、貴音は楽しそうに悲鳴を上げる。調子に乗った自分は、そのまま貴音に水をひっかけた。

「響、やめて下さいませ」
「へへーん!海なら貴音に負けないさー…ってぶはぁ!」

 気まぐれな高波に小突かれて、海水を口にしてしまう。
 鼻にこびりつくしょっぱさに咳き込むと、それ見たことかと貴音は笑った。

「悪戯はするものではありませんね」
「うがー!貴音に言われたくないぞ!」

 ああもうホント、子供みたいだ。
 遠くを飛んでいるウミネコにも、笑われているような気がした。


   ※ ※ ※


 海に来たのがお昼近くだったからかもしれないけれど、夕暮れになるまではあっという間だった。
 着替えの服は中途半端な乾き具合で、日焼けした身体にむずむずとへばりついてくる。
 お釣りが出るかすら怪しい自動販売機にお金を入れて、何ヶ月前だか分からないお茶を買って喉を潤した。
 錆びついた時刻表でバスの時間を確認して、自分と貴音はべとべとしたベンチに腰をかけてバスを待つ。

「夏、終わっちゃうんだね」
「そうですね。もう少しすれば、じきに秋らしくなるでしょう」

 夏風も今ではすっかり凪いでしまって、下から見える海が寂しそうに波音を立てている。
 波打ち際で放たれたロケット花火が山にこだまして、ひゅうと夕闇に消えていった。
 夏、終わっちゃうんだなぁ。手に持った缶を回しながら、流れる水滴に指先を湿らせた。
 
「夏が終わるのは、寂しいですか?」

 自分の考えが顔に出ていたのだろうか、落ち着いた口調で貴音が自分に尋ねてきた。
 別に隠す必要もないから、自分は仕方ないだけどなぁと笑って「うん、ちょっとね」と答えた。

「貴音は寂しくないの?」
「どちらかといえば秋の方が性に合っておりますので、秋の訪れが待ち遠しいかもしれません」

 貴音は暗くかげった山際を見つめている。その視線の先には、うっすらと白む月があった。
 水平線の向こうから、間延びした汽笛が聞こえてくる。西日の赤が、少しずつ暗く色を落としていった。
 日焼けで火照った心には、日没の時間は早過ぎて、自分だけ置いていかれてしまうような気がする。
 だからかもしれないけれど、柄にもなくセンチメンタルな気持ちが口をついて出てしまった。

「余計なお世話だったかな」
「余計なお世話、とは」
「今日、海に行こうって誘ったこと」

 無意識に飛び出た言葉に、自分自身で驚く。貴音は驚いたような顔つきをして自分を見ていた。
 こんなの自分らしくないぞ!と脳裏で聞こえる声に変に動揺してしまって、なんとかごまかそうと早口でまくしたてる。


  いやさ、こないだみんなで旅行に行った時、貴音、名残り惜しそうに海を見てたでしょ?
  もしかしたら、もっと海で遊びたかったんじゃないかなって。
  貴音は結構意地っ張りだから、思いっきり遊べなかったんじゃないかな、とか。
  ほら、自分はこういうの大好きなの、貴音は知ってるでしょ?
  だから楽しんでくれるんじゃないかなって。そういうことで、そういうことだからさ、その。


 続く言葉が思いつかなくて、文字通り頭を抱える。慣れないことはするもんじゃない。

 ……というか、自分、今すっごくカッコ悪くないか?
 いや自分はそういうのじゃなくて、ただ貴音と一緒に遊びたかっただけで、別にそういうのじゃなくて。
 青臭すぎる。青臭すぎるぞ自分。時間差で追いついた恥ずかしさに、顔が真っ赤になる。

「……うがー!自分で言ってて恥ずかしくなってきたぞ!」

 それでも何とかこの恥ずかしさをごまかそうとして、人気のないベンチでのたうちまわった。
 自分をなだめようする貴音を拒んで、恥ずかしさから必死に逃げようとした。
 
「ひびき、響。落ち着いて下さい」
「ああああ!話しかけないでくれ!というか忘れてくれー!」

 不意に溢れてしまった言葉に、どうにもこうにも回収がつかなくて、目が回ってしまいそうだった。
 こういうときの気持ちを、「穴があったら入りたい」って言うんだろうな。くらくらした思考に雪歩の顔がよぎる。
  
「響」

 先程のなだめていた言葉とは一転、力強い貴音の声に、身体が一瞬固まってしまう。
 何事かと思って顔を上げると、強く抱きしめられ、頭を優しく撫でられた。
 
「これ以上、言わないで下さい」 貴音の身体は、どこか熱っぽかった。
「その、私も人の子ゆえ」口調はためらいがちに「嬉しさ極まったときはどうすればよいか、全く見当がつかぬのです」

 それからしばらく、自分と貴音は抱き合ったまま時間を過ごした。
 これはこれですっごく恥ずかしいものだけど、貴音も恥ずかしいだろうからお互い様なのかもしれない。
 胸腔から聞こえる貴音の呼吸に、少しずつだけど気持ちが落ち着いていった。
 ようやく二人とも平静を取り戻した頃、貴音は自分を解放してくれた。

「落ち着いて頂けましたか?」
「……うん」

 こういうとき、ありがとうって言えばいいんだろうか。
 そんな気持ちによく似ていて、だけど少し違っていて。なんともややこしい感じだ。
 それでも嬉しいことに違いはなくて、だけど言葉にすることもできないから、自分はえへへとふやけた笑いをこぼす。

「本当にあなたは、見ていて飽きない人ですね」
「そうか?自分は貴音といたら、すごく落ち着くぞー」

 帰りのバスは時刻表より少し遅れてやってきて、くたびれた自分達は隣に座って終点まで眠りこけてしまった。




 <了>



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