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白い箱庭 ver. BULUE

2009年10月16日 21:02

島原薫氏がお書きになってくれました。

先程の対となる作品でございます。 千早さん視点です。


それでは、以下SSとなります。

至高のSSをご堪能下さい。


むかしむかし おうたがじょうずな おんなのこが いました
おんなのこは おうたがすきな おんなのこと であいました
ふたりは すぐに なかよしに なりました
あるひ おうたがじょうずな おんなのこは そらに とんでしまいました
おうたがじょうずな おんなのこは ひろいひろいそらのした
おうたがすきな おんなのこが おおごえで ないているのをみつめていました
どうしていっしょにいられないの?
おんなのこは ひろいひろいそらも すきなのに 

***********************************************************************


 中空に放り出された花瓶が、いびつな曲線を描きながらクリーム色の床の上で砕け散るのを音だけで認識する。
 沸騰するような熱量を持った思考が私を歪めていき、けたたましい音にも微動だにしないプロデューサー。その唇が淡々と言葉を紡ぐ。

「海外ソロデビュー……考えておいてくれよ」

 だからっ、とまた激昂しかける私を押し留めたのはドアの外。おつかれさまですっ、と元気な声で挨拶をかわしている春香だった。それだけで黙ってしまう私の心情を、目の前の男はイヤになるぐらい分かってる。だからこそ、このタイミングに切り出される気まずさに、私は閉口するしかない。
 ソファから立ち上がったプロデューサーはドアの先へと消えていく。代わりに、いくら待っても外にいるはずの春香が入ってこないということがどういうことか。傲慢ではあるが、私は自分の聡明さに反吐が出そうだった。

 春香が声をかけてくれるまで、自分が途方に暮れていたことに気づく。床には割れた花瓶の破片と紫色の綺麗な花。いつだったか、春香に名前を教えてもらった気がするけど、それは関係のないことだった。
 今更、彼女にどう弁解すればいいのか、醜くも地に頭を擦りつければ、あるいは口汚く罵られれば。徐々に視線を上げていった先、綺麗な瞳を向ける春香を怖がってしまう。そらした視線の先、さきほどの花が見える。外に放り出され、魚のようにあからさまではないけれど水を求める様に自分を重ね合わせてしまう。それだけ、私は"可哀想"と思われたい人間なのか。そんなに、自分は。

 春香の暖かい掌が、私の宙ぶらりんの手を包む。彼女の名前を囁くと、「うん」という返事と共に春香は顎を上げる。私の額にキスをして、私もまた彼女の頬に押しつける様にキスをする。脆い私が、私を取り戻す対症療法(おまじない)。

「はるか」
「うん」

 唇を離してもう一度、彼女を呼ぶ。小さく頷く彼女の笑顔。いつだって私を明るく照らしてくれる、暖めてくれる太陽のような笑顔。赤色が必ずしも、不吉なものではないことを教えてくれて。でもその笑顔の裏に苦難も隠してしまう、嘘の上手な人。

 そうだ。私はそんな彼女に一目惚れをしたのだ。

だから分からない。彼女の気持ちが。分かりたいたいのに分からない。


 彼女の笑顔の裏。

 そこにはうずくまって泣いている小さい頃の私がいた。捨てられてボロボロで、そんな私を春香は優しく抱き上げる。

  大丈夫。あなたを傷つけたりなんかしないから。
  だから、笑って。 可愛い顔が台無しだよ?

 ずっとベソをかいていた小さい私も、いつのまにかクルクルと丸っこい彼女の瞳を見つめていた。
 
  おねえちゃんは、わたしのそばからいなくならないの?
  うん。いなくならないよ。ずーっと、ずーっと、いっしょだよ。
  ほんとにほんと?
  うん。ほんとにほんと。
  ずーっと、ずーっと、いっしょだよ。
  やくそく、だからね?

 小さい私は笑う。春香みたいに、とはいかなくてぎこちないものだったけど、私もあんな風に笑えてたんだろうか。
 それがとても嬉しかったのか、春香もつられて笑ってみせた。





「私達、別れよう」

 だから、春香の言葉を理解するまでに時間がかかったし、理解したところで私に待っているのは等しく地獄だった。

 魚のようにパクパクと開けて何かを発する私の口を、春香は唇で塞ぐ。歯の外側をなぞる舌の感触も今はどこか浮ついてて、私の舌を吸う彼女の口に、そのまま全て、私ごと飲み込まれてしまえば良かった。
 唇を離しても、彼女の唇をつなぐ透明な橋が歪んで、その歪み一つ一つが私の目から零れ落ちていく。
 春香はそんな私を置いて、話を続ける。いつだって悲劇は饒舌なものなのかもしれない。

 千早ちゃんは、きっと私がいなくても、大丈夫だから。
 だけど、私は。私は千早ちゃんがいないと、ダメになっちゃうから。

 春香は私の手を取って、そのまま自分の首元まで持っていく。私の掌を覆い、そのまま力を込めていく。薄皮一枚先の、彼女の命の奔流が感じられたところで私は少しだけ自分を取り戻した。まさか、いや、そんな。否定する言葉の薄っぺらさを全て貫いて、春香は私に告げる。

「私を殺して」

 ギュゥ、と伝わる肉の頼りなさが、先ほどのキスで奪われた私を取り返していく。
 馬鹿げたことはやめて。冗談もほどほどにして。彼女を止めようとする言葉のどれもが陳腐なものに思えて。その行為の真意すら掴みかねている私に構わず、春香は自分の首を絞める手に力を込め続ける。

「いやよ!どうしてそんなことしなくちゃいけないの!」
「千早ちゃんがイヤでも、私がそうしたいんだよ」
「そんなの春香のワガママじゃない!」
「いつだって私はワガママだよ」

 違う! そう怒鳴りたくても怒鳴らせてくれない。春香は可哀想な私をどんな思いを抱えているのであれ、私を包み込んでくれたのに。本当はこんな人間、いますぐにでも見捨ててやりたいと思っててもそれでも支えてくれて。私はその温情に身を預けているだけの弱者で。なによりも死に近いのは私の方なのに死ぬのなら私の方なのに私は私を壊すのが支えるのが精一杯で春香にはいつもいつも助けられて包まれて支えられてそれでそのまま二人で幸せになれるのならせめて春香だけでも幸せになってもらって私はそのなかの一部をもらうだけでそれだけで十分でそれなのに春香は死のうとしてるなんてそんなのそんなのそんなの―――!!。


 ああ、もう春香は。





 二人分の力が加わることで、なによりも遠慮の無い殺意が彼女の顔を青白くさせて。濁りを増す春香の瞳の中、だだをこねる小さい私に、春香はやっぱり優しく笑ってくれていた。

  おねーちゃんのうそつき。ずーっといっしょっていったじゃない。
  あはは、ごめん。ちょっとよりみちしてたんだ。
  もうよりみちしない?
  うん。よりみちしないよ

 はるか。
 小さい私の頭をひっきりなしに撫でて、そんなところにどうやって入れば良いか分からないけど、彼女の名前を呼ぶ。

  よりみちもいいけれど、ちこくしないようにね。
  はーい。
  それと、そのこがわたしたちのうた、きいてみたいんだって。
  そうなの?

 春香が訊ねると、小さい私は歯をむき出しにして、いたずらっぽく笑う。

  だって、おうたのしごとしてるんでしょ?
  いっぱいうたったからなぁ…なにがいい?
  たのしいうたがいい。
  わかった。じゃあたのしいうたをうたおう。ちはやちゃんも、ね?

 春香の顔がこちらを向く。私もまた、ゆっくりと頷いた。

 
 徐々に力と熱を失っていく手。今、私はどんな顔をしているのだろう。すこし心配そうに、こちらを見つめる春香の瞳に促がされるまま、私はあらん限りの力をこめた。春香は安心したように瞳を閉じていく。その間も、春香の瞳は私に語りかけていた。

  いっしょにうたおう?
  たのしいうたを、ずーっと、ずーっと、いっしょに。
 


*************************************************************************************

おうたがすきな おんなのこは なくのをやめていました
こっちにおいで とってもすてきなものを あげるわ
くびわをつけられたおんなのこは ひろいひろいそらをみあげて いいました
それなら ずっと いっしょだね



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