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1時間SS書きました

2010年06月26日 14:33

お久し振りです。小六です。
というわけで、1時間SS書きました。

お題:「歯医者」「へんじ」「エレベーター」「殺虫剤」
今回は「歯医者」を使用させて頂きました。

以下、SSとなります。



 部屋に入ってまず感じたのは、梅雨独特の湿り気と臭い。
 死んだ鼠が生乾きのままダクトに放置されたような、そんな沈んだ臭いが微かに漂う。
 窓に雨垂れ。修理にも出さなくなった空調は、雨音を淡く掻き消していった。


「千早ちゃん」

 薄暗い部屋。窓際にいた彼女はただぼうっと窓に落ちては流れる雨の跡を眺めている。
 私の声に気付いたのだろう。千早ちゃんはゆっくりと私の方に顔を向けた。


  その瞳の色はまるで、


「ああ、春香」

  
 窓際の彼女は微笑む。汗ばんだシャツ、くたびれた襟元。その表情はどこか気だるげで。
 何故だろう。溢れだしそうな想いを雨の糸でせき止めているような感じがした。
 それがどうしてなのかくらい、私にも分かる。でも、私にはどうすることもできない。
 千早ちゃんがいる方に近付くと、雨の音が聞こえた。そのまま頬に唇を寄せる。


 消毒液のとがった匂い


「病院行ってきたんだ」
「そうしないと、ちゃんとしてくれないんでしょう?」

 キスを。

 最後の言葉は哀しげに緩められた口元に溶けていった。
 彼女の言葉に頷く。千早ちゃんは「早く治さないといけないわね」と呟き、私達は再び窓の外を見る。


 奥歯に虫歯があるとざらざらして嫌だから 

 そんな子供じみた言い訳を千早ちゃんは何も言うことなく受け入れて、律義に病院に通っている。
 彼女の口の中が見も知らぬ男に蹂躙される様子を想像する。


   無表情に横たわる彼女と、マスクで顔を隠した男
   言われるがままに口を開け、金属のヘラでまさぐられる咥内
   嗜虐的な笑みを見せないために顔を覆う白いマスク
   蝕まれた歯にあの不快な音をもって挿し込まれる鉗子

   苦痛に歪む女の顔と、悦楽を隠す男の顔


 パーティションに仕切られた密室で、どんな行為が行われたのだろう。
 千早ちゃんとその男は、私からは見えない場所で、どんな想いを抱いていたのだろう。
 ああもう、それだけで。


 雨は未だ止むことを知らない。
 とめどなく流れ落ちる雨に硝子は爛れ、窓から見える花壇の紫陽花は雨に輪郭をぼかしこませていた。


「春香は我儘ね」

 千早ちゃんはさっき私が唇を落とした部分に指を這わせ、柳のように眉の尾を優しく落とす。
 たとえるなら、駄々をこねる子供をなだめるような、そんな困った表情。
 
 駄々をこねているはどっちなんだろうね?

 壊れかけの空調は湿気をとってくれることなんてなくて、部屋の中は冷たく淀んでいた。
 換気した方がいいと思って窓枠に手をやると、そっと手で制される。ふいに目が逢う。


  その瞳の色はまるで、鮮烈な感情を押し潰したような、


 了解を取ることもないまま、唇を塞がれる。
 長雨のように終わることを知らない接吻。じわりと首筋に浮き上がる汗。
 舌先で唇を撫で回される。手入れを忘れた鉢に棲む金魚のように、私は生を求めて口を開いた。

 汗に濡れる彼女の肌と骨はちらちらと視界を焦げ付かせて、
 薄手のシャツの襟元から覗く胸元は淋しさをさらけ出しているようで、
 そのしたたかな振る舞いから垣間見える鈍い甘さが私の頭を揺する。
 
 このままじゃきっとダメになっちゃうよ?

 感じたのは、治療半ばのざらりとした奥歯の凹凸。湿った身体の臭い、消毒液の刺激臭。
 痛みなどおかまいなしに、その神経すら蝕ませるように、唾液を流し込んだ。毒のように。
 指に触れたボタンを外し、手を中に潜り込ませる。浅く洩れる声に身体の奥が疼いてしまう。

 麻酔を打つように指を骨の隙間に押し付ける。

 奥歯に虫歯があると嫌だなんて、半分嘘で、半分ホント。だから余計にタチが悪い。
 治っていてくれたのなら、普通のやり方で気持ちを伝えられるのに、悪いところがあると知ってしまったから。
 涙を流す程に痛めつけるといったいどんな顔をして私を見るのだろうと、そんな好奇心が首をもたげてくる。
 
 その苦しそうな顔を、私にだけ見せてほしいなんて。
 きっと私もあの医者も、同じ穴のムジナなのだろう。


 唇が離れてから、千早ちゃんはかすれた声で私に訊いた。

 
「春香はどうしたい?」





  その瞳の色はまるで、

  鮮烈な感情を押し潰したような、

  自分の描いた絵を他人に見せないように、焦燥感をチューブのままカンバスに塗りつけたような、
  ただただ灰色の、その隙間に鮮烈な色を隠し切れていない、梅雨の雲間の乱暴な日差しのような、


 

    ――――  絵の具の花

               ain't no good nohow now.  ――――





「どうしたいかなんて、わかってるくせに」


 息をも忘れて、溺れていく。






 <了>


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