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いおりんSS書きました

2011年03月20日 01:14

お久しぶりです。小六です。
SS書く用にポメラさんを購入したのですが、なかなかいいですね。
そんなわけで帰宅中にもそもそと書いたSSを投下。伊織さんのお話。
今取り掛かっているSSの、ちょっとした習作みたいなもの。


以下、SSとなります。



 ぽかんと間抜けたその顔が無性に腹が立って、冷水をぶちまけるように言葉を吐いた。

 勘違いしないでよね!
 これは、その、アンタが壁の隅っこで縮こまってると困るからよ!
 この伊織ちゃんの下僕として、みじめな格好をさらしてほしくないのよ!
 分かる?分かったならとっとと前に出なさい!

 我ながら、ひどい言い種だと思う。
 だけど彼は、「ありがとう」と笑った。
 
 ああもう、だからダメなのよ。着慣れぬタキシードに困惑しながら立ち上がる彼に悪態をつく。

「しょうがないじゃないか」

 彼はしれしれと肩をすくめ、これまたしれしれとシャンパンを私に差し出す。
 私はそれをつっけんどんに押しのけて、テーブルの上のグラスを手に取った。
 そういうところはお嬢様なんだな、と嬉しげに笑う彼を見て、今度こそ本当の意味で冷水を彼にぶちまけた。

 ああもう、だから。



 はらはらと指先の気配が聞こえた気がした。
 色めいた隙間風が肩にかかり、私は目を覚ます。

 ああ、なんて夢を見てしまったのだろう。彼と踊った後のことだなんて。
 虚脱した身体を横たえたまま、私はため息をついた。それもこれも、昨日の夜がいけないのだ。
 そう思ってカーテンの先に視線を遣ると、一人の少年が佇んでいた。

「おはようございます。お嬢様」

 それはあまりにも、唐突に、脈絡もなく。





      ミナセイオリとスロー・ストロットの住人








 ねぼけまなこに目が逢うと、彼はこの部屋の暗さにふさわしい表情で笑った。
 新堂が呼んだ臨時のウェイターだろうか。昨晩のパーティーでは見覚えのない顔だった。
 そんな私の思惑など何処吹く風と、少年は両手を広げてカーテンを開ける。

「ゆで卵にトースト、それと紅茶でよろしいでしょうか」

 よりにもよってこんな夢を見た朝に、見知らぬ少年に起こされるなんて運が悪い。
 陶器の雑踏が錠破りのようにカチャカチャと側頭に響き、私は眉をひそめる。
 
「そんな顔をなさらないで下さい」

 カートの上の食物は美味しそうに飾り付けられているけれど、その正体はどれもこれも見慣れたものばかりだ。
 食べる気すら起こらない。新堂ならば「好き嫌いは好ましいものではありませんよ」と嗜めるのだろうけれど。
 私のわがままに彼は苦笑いで応え、カートに投げ込まれた苛立ちにクロスをかけた。

「お気に召しませんか?」
「私の好みくらい、把握しておきなさい」

 エッグスタンドの縁をなぞりながら、珈琲の挽き豆ような言葉を投げつけた。
 我ながら、幼すぎる無理難題だ。その煙たさに彼はごほんと咳払いをした。
 
 酔狂もいい加減になさいませ!

 想像するどれもが、今まで飲んだどんな珈琲よりも苦く熱く、夢見の悪さから叩き起こしてくれそうだった。
 望むのは、エスプレッソ。良心のペーパーフィルタに憤りを泡立たせて作る濃密な香り。
 しかし、眼前の侍従は憤慨することもなく、むしろ望むばかりだといわんばかりに、爽やかに柳眉をそよがせる。

「失礼致しました。お嬢様が望むものならば、何でも」
「あらそう」

 冗談よ。そう伝えようと思った。
 だけど、思いの外嬉しそうに笑う彼を見て、私は開けた口を閉じるしかなかった。
 どこか調子が狂う。まるで階段が急にエスカレーターになったような、そんな浮ついた感覚。

「お嬢様が望むものならば、きっと、何でも」

 黒服を纏う彼の影が天蓋のカーテンに落とされている。
 黄金色に色づく朝ぼらけの中、彼の影は柔らかな布の波にしがみついていた。


   ※ ※ ※ ※


「まずは、銀色フォークの凱旋門をお通り下さいませ」

 右手をうやうやしく宙に踊らせ一礼した後、彼はトレーの上のフォークを手に取り、私の顔に近づけた。
 銀色の肢体に私の顔は不格好に歪み、ぐんにゃりと三つに引き延ばされる。

「それがなに?」 
「あなたは誰?」 
「ここはどこ?」

 歪に揺れる疑問符のブラウニアンノイズ。
 背筋をペン先でなぞられたような気味悪さにひゅっと息を飲む。

「凱旋門でございます」

 向かいの柱に映る彼は、朝日が乱反射する蔦の装飾に指を添え、ゆっくりとその先を空へ解いてゆく。
 その跡先を追いかけると、頭上に大きなアーチが広がっていた。この部屋の景色を吸い込んで、悠然と輝いている。
 彼は私を柱の間から覗き、「ほら、このとおり」と屋台で買ったカフェオレを楽しんでいた。
 
 トースターの鈴が鳴り、程良く焼けた食パンが耳を出す。

 彼はパンの耳を丁寧に包丁で切り取り、舌触りの悪い焦げをナイフの先でこそぎ落とす。
 切り取った耳を蜂蜜に浸し、「パンは耳だけあればいいと思いませんか?」と、幸せそうにそれを口へ放り込んだ。

「今宵はどちらにいかれましょう?」 

 彼はパンの耳をくわえながら尋ねる。皿に落ちた焦げを細かく砕き、クレソンと一緒にバターへ混ぜ込みながら。
 若燕の香りただよう石鹸を泡立て、虹色の渦へ息を吹きかけると、ピーマンとウィンナーの輪切りが生まれた。
 まるで料理のようだ。少し冷めたカフェオレの膜を彼に渡すと、ざくざくインクの地図トーストが出来上がった。

「ダンスホールへ」 私は食パンを広げながら応える。「ポルカが踊りたい気分なの」
「仰せのままに」

 私の意向を訊いた彼は、木苺のジャムをテーブルクロスに塗りつけ、その上にポットのお湯を注ぐ。
 甘い香りはまたたくうちに白へ染み込み、淡いピンク色をしたカクテルドレスがもたりと立ち上がった。
 彼がその手袋に口付けを落とすと、ドレスは唆されたように私の腰へ手を回し、その香りを私に纏わせる。

「プレイボーイなのね」

 少年は何も言わず、ただ微笑を私に返す。
 彼はピッツァのようにビロードの帽子を指で回し、石焼窯のジュークボックスに焦げたレコードをくるりと置いた。
 流れ出したのは青いバスの警笛。がたん、とレコードの針が揺れる度、だんだん加速してゆく窓の景色。
 見えない縄に打ちつけらているかの如く、景色は鋭く跡を引き、車線が切り替わるようにその描線を絡ませる。

「舞踏会は夜にするものと決まっているわ」

 ベンハムの独楽のように目まぐるしく変わる景色を横目に、私は彼にそう尋ねた。

「それならば、食べてしまえばよいのです」

 太陽を。バターに濡れたシャムシィルのように微笑み、テーブルにあった目玉焼きをぱくりと一口。
 焼けた卵は喉の中をのったりと流れ落ち、辺りはたちまち未明へ遡る。
 とっぷり暮れた夕闇の中、彼はポケットから懐中時計を取り出し私に見せた。
 夜の始まりだった。彼の時計の中では。

 彼は左手に持ったナプキンで暖炉にこびりついたすすを拭き、それを黒タイに仕立てあげる。

「あなたはだれ」
「ただのプレイボーイですよ」
 
 彼はそう言って、くしゃくしゃの黒タイを天井へ向けて投げ放つ。
 放たれたすすはシャンデリアの煌めきを奪い、色とりどりの果実となって宙を舞った。

「そして、あなたの友達」

 暗幕にばらまかれた南天。マスカットが床に転がる。
 爆ぜるパイナップルの音。甘い匂いに硝子が濡れる。

 たゆたう雲は林檎の剥皮に。赤絨毯が敷かれる石畳。
 夜の空気は炭酸水の冷たさをもって肌を粟立たせる。

 まるで、それは急制動をかけられた車中のように。
 がくんとそこだけが周りの風景からスライドした。
 車中のありとあらゆるものは、形を忘れ、思うがままに飛び交った。 

 跳梁する彩りは、呆然と立ちすくむ私の気持ちなどお構いなく。
 彼は懐中時計をポケットにしまい、おもむろに私の手を取り林檎の絨毯を駆け上がった。

 一つ、また一つ、地面を踏みしめるたび、白いみぞれが甘い匂いと共に赤い絨毯の下に広がってゆく。
 風切る音は軽やかに飄々。生クリームの雲の上、苺がゼラチンの風避けの中で爛々と炎を上げた。
 不意に足がもつれて身体が揺らぐ。しかし、絨毯は私がこけて足を止めることを許さないかのように、ひらりと反転する。
 私は走り続ける。そしてまた足下が反転する。身体が揺れる。視界が反転する。私は走り続ける。

 走って、走って、走って。
 何を追いかけるわけでもなく、追い回されるわけでもなく。
 私は彼に引っ張られながら、ただこの奇妙な世界を駆け抜けていった。


   「急ぎなさい!急ぎなさい!退屈が目を覚ます前に!」
     溶けたチーズのような顔をしたぜんまい職人が叫んだ。
   「走りなさい!走りなさい!時計の針に見つかる前に!」
     白波に姿を埋める鯉が一匹、耳元をかすめ波の奥に消えていった。
 

 終着点は砂利に埋もれた線路の跡だった。
 その先は、砂糖菓子の人形が踊る丘だった。
 
 幾多もの色に浸された布の影が大理石の床を舞う。潰れたライムの果肉がひらひらと宙を泳いでいる。
 スピリッツとソーダが混ざりあう層のような、そんな卯月の空気がぬったりとその丘を包みこんでいた。
 
 サテンを纏う砂糖細工の淑女は無機質に笑い、紳士のジャケットへ指を滑り込ませる。
 躍るステップ。カツンと靴が床に擦られるたびに、スカートの下からはらはらとこぼれ落ちる白砂糖。
 その跡をなじるように珈琲色した革靴がずるりと上を滑った。白濁した泡に引かれる褐色の描線。

 そこは、紛れもなく夜の舞踏だった。


 ごくり、と図らず喉が鳴る。紅潮した頬にひやりとした指が触れ、我に返った。
 裸のままの動揺が彼の瞳に捉われる。それを見取った彼は、にんまりと満足そうに微笑む。
 彼の黒髪は徐々に白くなり、口元に髭が生え始めていた。その顔は照明の熱に溶かされ、見知った男の顔になる。
 




「せっかくだからな。俺と踊ってくれるかい、伊織?」
 
 


 



















「いやよ」 

 私は差し出された彼の手を振り払った。

「どうして」

 望んだはずのものでしょう? 彼の瞳はそう言いたげだった。
 さらさらと降り積もる白砂糖に黒のタキシードはまぶされちぢみ、およそ人とはいえぬ姿になってゆく。
 ああ、あなただったのね。姿が露わになっても、必死で腕にしがみつく彼を見て、私は微笑んだ。

「この伊織ちゃんが、名前も名乗らないような男と踊るわけないでしょう?」

 私は彼の額に唇を寄せる。彼は嗚咽に震えていた。ささめに積もる砂糖はやわらかくて懐かしい匂いがした。
 彼の身体はすっかり小さくなってしまって、両手でしっかりと抱き締めてやることもできない。
 もっと早く気付いていたら、その身体が温かいうちに抱き締めて上げることができたのに。
 「ごめんね」と呟くと、彼は何も言わずに私を見上げた。小さくて、弱くて、私の話を一番聴いてくれる、友人。
 
「お忘れ下さい。これはただの夢」
「そうね、ただの夢。きっと夢」

 あったことすら気付かぬ夜鷹のうたたね。私はそっと瞳を閉じた。



  ※ ※ ※ ※



「伊織様、朝食の時間ですよ」

 眠りを妨げない音をもって、新堂が扉をノックする。私は起きない。
 しばらく経ってため息が聞こえた後、彼は静かに私の部屋に入った。

「お嬢様は、本当に彼がお好きなのですね」

 そう言って新堂は、私の枕元にあった兎のぬいぐるみに、そっとナプキンをかけた。


 

 



 <了>




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