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はるちはSS書きました

2011年12月10日 04:16

お久し振りです。小六です。
本当に久し振りですが、1時間SS書きました。
使用したお題は、「石英」

以下、SSとなります。



         消える前に





 初めて降りたその駅は、浮かれた煙の匂いがした。
 電車を乗り継ぐこと数回、まだ背中には電車の揺れが残っている。
 改札を抜けた千早は、目の前の風景をぼんやりと眺めた。 

「何もないところでしょ?」

 春香は定期を鞄にしまい、自転車置き場へと向かった。千早は春香の後ろ姿を見送り、切符売り場の看板へ目を遣る。
 千早はここから事務所までの駅を数えた。いくつもの駅の名前を追いかけてたどり着いた渋谷駅は、ずいぶんと小さく書かれている。
 ホームからアナウンスが聞こえ、しばらくすると二人が乗っていた電車は次の駅へと動き出していった。

 春香がプロデューサーに数日間の休暇を申し出たことを知ったのは、数日前のことだった。
 千早ちゃんが心配するほどのことじゃないよ。春香は事務所のキッチンで、タオルを交換しながら千早に笑った。

「おまたせ」

 落ち着いたブレーキ音。春香は千早の鞄を指差し、ちょいちょいと自転車のかごの中に入れるように勧める。
 千早は自転車のかごに鞄を押しこみ、春香に礼を言った。そんなにかしこまらないでよ、春香は苦笑した。

「慣れない場所は落ち着かないのよ」
「そうかなぁ」

 横断歩道を通り抜け、閑散とした商店街の中を歩いた。レコード店には、春香のポスターが貼ってあった。
 人気者なのね。千早が茶化すと、春香は嬉しそうな顔をして帽子を目深にかぶり直す。のぼりが風に揺れていた。
 からからと、自転車の車輪が回る音が聞こえていた。通り過ぎてゆく人達を傍目に見ながら、二人は歩を進めてゆく。

「最近どんな感じ?」
「充実してるわよ」春香の歩調に合わせながら千早は歩く。「忙しいとは思うけれど」

 そうかぁ。そうだよね。春香は自販機でコーヒーを二つ買い、一つを千早に手渡した。
 千早はプルタブを開け、会話の切れ目にコーヒーを流し込んだ。じんと冷えた手先には、やや熱い温度だった。
 二人の横を、白いセダンが通り過ぎていった。信号が点滅しているのを見て、二人は少し小走りした。

 しばらく歩くと、緩い上り坂になっていた。春香はよいしょと肩を下げ、自転車を押し進めていく。
 ポケットが震え、千早は携帯を取り出した。プロデューサーからだった。千早は春香に尋ねた。

「今からどこに向かうの」
「大好きな場所」 春香は坂の先を歩き続けた。「千早ちゃんの部屋にあった、あの写真みたいな場所」

 携帯は未だ震えていた。そう。千早は携帯をポケットにしまい、自転車を後ろから押した。
 学校の帰りなのだろうか。数人の学生が道路の向こうで坂を下っていた。
 スカートをはためかせながら、向かいの学生達は何やら楽しそうにおしゃべりを交わしている。
 あの制服かわいいよね。千早に伝えた春香の顔は少し自慢げで、どこか寂しそうだった。春香は自転車を押し続けた。

「歌のお姉さんがいたんだ」

 坂を上ってしばらくすると、大きな公園が見えた。車止めに閉口しながら、春香は千早に話す。
 太陽は駅についた頃よりは若干低く、夕暮れの赤に澄んだ色を響かせていた。風は温もりを落とし、木々を揺らしている。
 春香は自転車を止める。小さな高台が一つ、丘の上に立っていた。ぽつんと残るその場所を、春香は懐かしそうに眺めていた。

「とても楽しそうだった。とても楽しかった」
「そう」

 春香は帽子を鞄に入れ、ゆっくりと高台に上がった。意外と低かったんだね。高台から地面を見た春香は呟く。
 千早はサドルに腰掛け、高台の春香を見つめる。静かに暗くなる空を背に、春香はくるりとターンした。
 風が吹く。周りの芝生は微かにざわめいた。地面に滑る春香の影は、春香と分からないほど大きく伸びていた。

「春香」
「なあに、千早ちゃん」

 千早の声を受けて、春香は再びターンする。春香の表情は夕陽に隠れて千早には見えなかった。
 千早はぬるくなった缶コーヒーを飲み干し、目の先にいる少女に微笑む。

「一曲、歌ってくれるかしら」






 <了>



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